― 狂気 ―
狂い咲くような夜だ。
男は彼女を最後の会食へと誘った。
「今さら引き止める気もない」とだけ言うと、彼女は職場から一番近い場所を指定した。
男は皮肉なものだと改めて思った、
はじめて彼女と会食をしたのがここならば、別れもまた、この場所だ。
付き合いだして数ヶ月、
なにもない静かな関係だった、咎める理由もまたない。
男は何食わぬ顔でメニューを開き、
退社後の先も聞かぬまま、他愛ない話に終始した。
その素振りに、彼女はすっかり安心したようだ、彼女が着信とともに、席を立った瞬間、男は隠し持っていたものをワイングラスに注ぎ入れるなり、席を立った。
「帰るよ」
男は最後の乾杯とばかりに彼女が飲みかけたワイングラスを差し出すと、彼女は「そうね」と一気に飲み干した。
男もまた、飲みかけたワインを一気に飲み干す、けして疑われないようにと細心の注意を払い、辺りをうかがった。
これが本当の別れだとばかりに彼女と別の道を歩き出すと、彼女は安心したように駅へと歩き出していく。
男は満足だ、
時計の針を覗くなり、足取りを戻す。
薬の効き目は想像いじょうにあった。
地上での生活が、あと数時間で終わる、
そのための、生贄が必要であった。
男は彼女の寝顔を覗いた、
もう生きている顔を見ることもないだろう。
彼女が別れを告げなければ、こうなることもなかった。
まんまと寝取った親友に騙され続け、違う生贄を選び、都合のいい思い出となっていただろう。
真実を告げることは、ときに危険だ。
男は縄を二重にすると、彼女の身体に巻きつけた、
胸の膨らみを強調させるように上下にしっかりと結びつけると、ボタンをはずし、彼女の胸をさらにと、強く強調させる。
両手は自由に動くように腕の動きだけを阻めばいい。
彼女が驚くように、両足はしっかりとM字に固定する。
男は黙々と縄の作業を続ける、
けして普通のセックスができない訳ではない、セックスとサディズムは違うところにある、けして混同している訳ではなかった。
彼女を思う気持ちが足を止めさせていたのかも知れない。
それが失敗だったのだろうか、
男は彼女が目覚めるまでにシャワーを浴び、ゆっくりと私怨を飲み干すように紫煙を深く吐き出した。
時計の針が鮮明なまでに薬の効力を表している。
目覚めた彼女の意識は、思ったよりもはっきりとしていた、男の名前を呼ぶなり、今の状況を聞きだそうとさえする。
男が薄笑いを浮かべるなり、恥じらいに染まった身体が、弁明の声を響かせた、男は躊躇いもなく、テープで彼女の口を塞ぐなり、命乞いのチャンスさえも潰す。
無言のまま動く男の動きが彼女をさらなる恐怖へと落としいれようとしていた。
目前の男は、もう彼女が知っている男ではなかった、冷徹なまでに酷薄な笑みが今の形相を物語っていると言ってもいい。
男は彼女を覗きこんだ、
できるだけ綺麗な死体にしたい、これが最期の情けだ。
拒む手を振り払い、乳房を露にした、強く舌を這わせるたびに、拒む動きが身体を真っ赤に染め上げてもいく、
男はそのたびに、卑劣な劣情さえも抱く、
目前の女は彼女ではなくて、ただの女だ。
下着を引き裂き、下半身を露にすればわかることだと、男の手が荒々しく動く、
深く挿入すれば挿入するほどに、女の呻きがさらに大きく広がりを見せるようにも思えた。
もっと時間をかけたいと思えた愛撫が、時間の無駄のようにさえも思えた。
今、白く白骨化した死体を眺めながら、男の脳裏に過去の記憶がありありと蘇る、
男は過去の狂気を貪るようにして、掻き集めた白骨を焼却炉に投げ入れた、その眼には愛しさの微塵も感じられない。
男が追い求める理想は、まだ闇の中にある。
了
スポンサーサイト








