怨憎会 24

怨憎会 24

 こんな形で自分が生きた跡が残るとは思わなかった。

 揮発油で濡れた筆で聡は千尋の腹部に大きくメスと書いた。

 千尋の髪を引っ張っていた男が聡に少し離れるように目配せした。

「もう、やめろ!!」

 黙ってみていた博が声を荒げ叫ぶ。揮発油に点火された炎が千尋の腹部を焼く。

 ほんの一瞬、炎があがったが火は直ぐに消し止められた。まるでオーブンだ。高温で一瞬にして焼かれた肌に聡が書いたメスの文字が浮かぶ。

 高温で焼いたせいか傷跡は綺麗だ。燃え上がった炎に気圧された博はついに怒りを爆発させた。

 しかし叫ぶ博の声はこの場を盛り上げるBGMにしか過ぎない。

 聡はケロイドになったメスの文字を指先でなぞる。

 乾いた肌の質感が指先に伝わる。

「俺はお前たちのお陰でモンスターになれた。感謝するよ」

 もう千尋は聡になにも言わない。

 傷口はあまり痛まないのか千尋は不快な表情を思ったよりも浮かべない。聡から千尋は目を反らしていた。

 伊藤が医療用のテープを取り出すと千尋の傷口に貼る。

「せっかくの文字がこのままでは崩れてしまう。今の医学は縫うから随分と進化していましてね」

 聡は伊藤の説明に帝王切開で出産した姉のことを思い返していた。当日からシャワーが使える。母親がとても驚いていた。

 伊藤は手鏡を手にすると千尋の腹部にできた傷跡をみせた。

「これじゃ、やすやすと裸になれないな。なあ博。いい浮気防止だと思わないか?」

「お前は人間じゃない」

「そう仕向けたのは誰だよ」

 じょじょにだが聡の中で千尋のことが一つ一つと過去に代わりだしていた。複雑な心中が再び動き出したのこぎり型キットに掻き消される。

「なに? こんどは…………」

 聡は千尋から目を反らした。りんが慄ききった表情で聡をみつめる。

「こんなことしたって、虚しいだけだよな」

 あれだけ怒り狂っていた聡だが、じょじょに冷静になればなるほど、なにもかもが惨めに思えてくる。

 しかし、

 聡は俯き加減の視線を前にむけた。こうでもしなければあまりにもやり切れなかった。自分の中で沸き立つ怒りが自答自問を繰り返す。







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